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【マンガ】『さよならソルシエ』(全2巻)―二人のゴッホ その生涯

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『さよならソルシエ』穂積 / 小学館

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↑「このマンガがすごい2014」オンナ編第1位!

 

<ゴッホには兄弟がいました。>

 フィンセント・ファン・ゴッホとテオドルス・ファン・ゴッホ。

兄のフィンセントが、日本でもおなじみの画家の「ゴッホ」です。

弟のテオドルス(以下、テオと呼びます)は画商でした。

(ちなみに「ゴッホ」で通じるのは日本だけです。海外では「ファン・ゴッホ」と言わないと通じません。『イッテQ』で出川さんが海外に行って英語で話す企画で「ゴッホ!ゴッホ!うそでしょ、ゴッホ知らないの?」と困惑されてましたね。)

 

今でこそ「炎の画家」なんて呼ばれて大人気の有名画家ですが、

フィンセントの絵は生前1枚しか売れなかったと言われています。(所説あり)

現代では誰にでも知られているような画家でも、生前はその作品が全く売れなかったという例はゴッホに限らず数多くありますね。

才能があっても世間に認められずに死んでいく芸術家は、昔だけの話ではなく、いつの時代も存在することだと思います。

才能と人気・認知度は必ずしも比例しないのです。

特に芸術の分野においては。

 

<一方、弟のテオには画商としての才能がありました。>

グーピル商会で支店長を任されるほど絵の売り上げを出していたテオは、すでに若くして経済的に成功を収めていました。

テオはフィンセントに経済的支援を行っていたので、売れない画家のフィンセントは絵を描くことだけに専念することができました。

テオだけはフィンセントの才能を信じていたのです。

子どもの頃に描いてもらった絵を見て、

「兄は100年愛される画家になる」、「人の人生を変える才能がある」と確信したのです。

それからずっと兄の最大の支援者となったのです。

 

<テオは兄フィンセントに一つだけ言えないことがありました。>

画商として大成功しているテオですが、本当は画家になりたかったのです。

兄の才能を世に知らしめるために動いてはいるのですが、肝心の兄が野心など持たずにマイペースに絵を描いている姿を見て、テオは嫉妬と苛立ちを覚えます。

 

自分の才能と本当にやりたい事、そして周囲から求められていることが一致していれば

何も言うことがありません。幸せなことでしょう。

しかし、往々にして人は自分の才能の価値を低く見積もり、自分の持っていないものの価値を高く評価しがちです。

うまく折り合いがつけばいいのですが、そうでなければ悲劇が待っています。

折り合いがつくかどうかなんて「運」じゃないのかと僕は思います。

だから誰も責めないであげて欲しいのです。

誰かが悪いんじゃない、運が悪いだけなんです。

 

<画家と画商は根本的に違います。>
前者は芸術家、後者はビジネスマンです。

2018年12月の「WEEKLY OCHIAI」でゲス極の川谷絵音さんが、

「どうやったら売れるのか」とか「有名になりたい」「話題になりたい」「世間に自分の作品を知らしめたい」と言っている人は芸術家(アーティスト)ではなくビジネスマンなのだとおっしゃってました。

真の芸術家(アーティスト)は自分が創りたいから作品を創っているだけで、創っている瞬間は世間や周囲のことは気にしていないのだと。

 なるほどと思いました。

 

作品を創った後は、ビジネスマン的な発想をもって世間にどうやって伝えていくかを考える必要があります。

しかし経済的な援助があってマーケティング的発想が必要なかったフィンセントは、ずっと芸術家的思考のままで突き進むことができたわけです。

そう 考えるとフィンセントは幸せな人生を送ったかのように思えますが、史実ではけっこう大変だったみたいです。

 

史実と違う点をあげつらって批判されることもあるこの作品ですが、フィクションなんだから史実と相違があっても問題ない、むしろオリジナリティだと僕は考えます。

どこが史実と違うのか、調べてみるのもまたフィクションの楽しみ方の一つだと思いますよ。

 

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